寝 亀 と 王 様
芽我根掛代


寝 亀 と 王 様

ワンス、アンポンタンなタイム。
小さな島国、ニコポン王国でのお話です。

近頃この国では高齢化社会になって、
足腰の弱い人が増えて、
自力で歩けない人も大勢いました。

あるとき、寝亀という新種の亀が外国から輸入されました。
この亀は普段は寝てばかりいるのですが、二匹並べて
人間がその上に足を載せると、パッと目覚めて、
人がゆっくり歩く程度の速さで進んでくれるという、
たいへんけっこうな特長を持っていました。
いわば、生きているセグウェイ、とでも言いましょうか。

それで、その寝亀を売る店が全国にできて
どこも大繁盛でした。

ところが、寝亀に乗って歩く人が、こけてしまうという
事故がときどき起こりました。

調べてみると、足の裏のカーブと寝亀の甲羅の
カーブの合致度が悪い人の場合に
ころびやすくなるということがわかりました。

そして、寝亀の甲羅から分泌される化学物質に
よって、人によっては、アレルギー症状が出て足の裏に
湿疹ができるということもわかりました。


そこで王様は、
「寝亀が欲しい人は、以後、医師の診断により、
寝亀の甲羅から出る化学物質に耐性があるかどうかを
診てもらって、それがOKとなれば、
足の裏のカーブの数値を書いた処方箋を発行してもらい、
その処方箋がない人は、寝亀は購入できないことにする。
寝亀屋は、そのカーブに合う甲羅を持つ寝亀を
販売するように。これは国民のためである」
とのおふれを出しました。


寝亀屋たちは、

そんな事故はさほど頻繁に起こるわけではないし、
その湿疹も水虫みたいなもので、そのマイナスと寝亀の便利さを
はかりにかけて、
寝亀の使用をやめるかどうかを
自分で決めればよいことだ。
それと、そういう制度にしたら医院がよけいに混むし、
医療費もますます増える、

という理由で、そのおふれには賛成したくなかったのですが、
王様が言うことには誰も逆らえません。

そして、それ以後、寝亀に乗っていて転倒する人や、
足に湿疹ができる人が減ったのかどうかは、
よくわかりませんでした。

しかし、町の医院は、どこも患者が増えて喜びました。
でも健康保険財政は、いっそう苦しくなりました。


王様も、寄る年波には勝てず、
近頃はどこへ行くにも寝亀を利用していました。
ある日、巷の状況を視察するために
おしのびで侍従と一緒に、粗末なかっこうをして
寝亀に乗って王宮から町へ出てみました。

首都の表通りを歩いていると、横丁から突然小さい子どもが
走ってきて、王様のすぐ前を横切ろうとしました。
それを避けようとした王様は、スッテンコロリ。
その拍子に寝亀は押しつぶされて死んでしまいました。

侍従がさっそく予備の寝亀を荷物の中から
取り出しましたが、エサのやり忘れで、
その寝亀も死んでいました。

「おい、どこか近くに寝亀屋はないのか」
「では、探してみます」
その日は日曜日でしたので医院はどこも休みでしたが、
寝亀屋は開店していました。


王様は侍従に手を貸してもらって
少し自力で歩いて、寝亀屋にたどりつきました。

「おい、寝亀を売ってくれ」
「処方箋はお持ちでしょうか」
「何を言う!ワシは王様だぞ」
「フフ、王様がそんなみすぼらしいかっこうを
しておられるなんて……(^^)」
「……困ったな、ワシは王様だから身分証明書なんて
持っていないし……。
処方箋なんて、そう硬いことを言うなよ。
値段は高くても、一番丈夫な寝亀がよいな。
代金は現金で今すぐに払うから」
「いいえ、申し訳ありませんが、ダメです。
『医師の処方箋なしでは寝亀を売るべからず』
という王様のおふれを守らないと、
私どもは牢屋に入ることになりますので」

「う〜ん……、憎たらしいやつだ。
覚えておれ!あとで警察官を派遣して
おまえを捕らまえて、牢に入れてやるから!」

王様は侍従の手を借りてトボトボと王宮に
帰っていきました。
その後姿を見ながら寝亀屋はつぶやきました。

「このごろアルツハイマーの老人が増えてきたなあ。
そもそも、ニコポン人は、寿命が長くなりすぎたんだ。
長生きはよいが、いつまでも体も脳も元気でないと……。
僕ももうすぐ還暦だから気をつけなくっちゃ。
まあ、僕の場合は自営業で定年がないから、
常に頭と体を使っているので、ぼけは来にくいと思うけれど。
それに僕は、足腰を鍛えるために、スクワットを
毎日100回やっているから、まったく元気だ。
王様は、スクワットを国民に義務つけたらいいんだ。
『これで国民をすくおっと……、なあんちゃって(^^)」

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