4.眼科は疾患の診療が本来の業務

眼科では日常的に頻繁に屈折検査を行ないますが、それは右と左のそれぞれの眼で矯正視力が健常に出るかどう
かということを見るためのものであって、眼鏡処方を目的としたものではありません。ですからその内容は快適
な眼鏡を処方するための検査とは違ったものとなっています。 両眼調節バランステストや、斜位検査なども、
ほとんどの眼科では行ないません。

その理由は、眼科での屈折検査の目的からすれば、そういう検査の必要がないからです。眼科は疾患の診療が本
来の業務であって、普通の屈折異常や老視に対する眼鏡処方(以下、特にことわらない限り、調節マヒ剤を用い
ないで眼鏡店で行なっても特に問題がない眼鏡処方のことを、単に「眼鏡処方」と記述する)は得意部門ではあ
りません。(ごく一部に例外はあるかもしれません)ですから、眼鏡店で、眼科処方箋の度数に従って眼鏡を作
ったところ、見え方に関して苦情がきて、眼鏡店で測定して、より良さそうな度数のレンズに替えてユーザーが
満足をしたという例は多いものです。

眼科が、眼鏡店でもできる眼鏡処方をせずにすませて、その眼鏡ユーザー(患者さん)を手ぶらで放すのが心配
ならば、全矯正度数を書いたものを持たせてやる、ということにすればよいわけです




5.調製上の技術的な問題点
私たちは、眼鏡を調製販売する者が、その度数選定もした方がよいという考えを持っています。眼鏡レンズの度数
が強度になると、実際の眼鏡におうて角膜頂点間距離(以下、VDと略す)が変わると矯正効果も変わります。
たとえば、−8DであればVD12ミリで処方されたものがVD16mmで装用されると、−7.75D程度の矯
正効果しか得られなくなってしまいます。鼻根が太い人に鼻幅の狭いプラスチック枠という組み合わせの場合、
VDがどうしても長めになってしまいます。VD変化のよる矯正効果が、いま上げた例のように丁度
0.25D刻みの値になるのなら。レンズ度数を修正して対処するということもできますが、それが中途半端な
ものになれば、処方値をどう変えるかという微妙な問題が出てきます。 そういう場合、熟練の眼鏡技術者なら、
先に枠を決めて、そのVDを見て、そのVDに近い状態で処方のための度数選定を行ないます。

また、たとえば、遠近両用の場合に、累進にするのか、二重焦点にするのかということにより、遠用度数や加入度
数の選定のしかたが変わって来ることもしばしばあります。また、眼科では累進ンレンズのテストレンズを用意し
ておられる所は少ないですが、それでは累進レンズによる遠近や中近レンズの処方が的確に行なえるとは限らない
のです。仮に、何らかのそういうレンズを備えておられて、そのレンズで決めたと処方箋に書かれても、眼鏡店が
それを取り扱っているとは限りません。他に技術的なことで言えば、眼科の発行される眼鏡処方箋において遠用P
Dと近用PDの差がどうなっているかということは、実にまちまちで、それを加工調製のときに遵守することの意
義がいまひとつ分らないのです。

例えば、遠用PDでも、実際のPDよりもやや広めまたは狭めに狙って、その眼の斜位矯正とは逆の方向にプリズ
ム誤差がかからないように配慮するということを、熟練の眼鏡技術者は行なうことがありますが、眼科処方箋でP
Dが指定されているとそういう措置を講ずることができません。また、プラスの近用眼鏡では、近用PDよりもず
っと狭く光学中心を設定して調製しても、デメリットはほとんどなく、基底内方プリズムの負荷により輻輳が助か
って、ものが楽に大きく見えるというメリットのみがあるのですが、眼科の処方箋があると、そういうお客さんに
とって「良きこと」を実施できません。眼科に無断でそういうことをすると。眼鏡を検査されて「不良品」の烙印
を押されかねませんし、そうかと言って、前もってそういうことを説明しても、ただちに明解に理解していただけ
る眼科は多くないので、そんなことを具申する気にもなれません。

 また、正視に近い弱度のものではPDが相当(たとえば、数mmくらい)広めまたは狭めに入っても別に差支え
はないし、測るたんびに違った値が出てくるということもあります。そんな場合に眼科の検査で、事情を理解でき
ない検査員の人がそれを検査して、それを咎められては困ります。たとえば、一級建築士であれば、自分が設計し
てできあがった建物の評価をきちんとできるはずです。評価力のない人が建築士になって設計をするということは
無いはずなのです。

端的にいえば、眼科での「処方箋で出来あがったメガネの検査」は、度数についてはまず間違いはないし、累進レ
ンズだと良いのか悪いのかわからないので、単焦点の場合のPDに、もっぱら検査対象が向いがちなのですが、そ
の場合に、マトはずれな評価をされると、眼鏡技術者は困るのです。眼科が眼鏡処方をしなければ、そういう理不
尽なこともなくなるわけです。




6.眼科の眼鏡処方能力の問題
眼科の眼鏡処方能力は低い……これは、眼鏡業界と眼科業界の双方の実体を知るものにとっては、常識と言って良
い。根拠を示せと言われれば、いろいろな体験談を示すことができますが、いまさらその必要はないと思うので省
略します。

 ただし、眼鏡店の処方能力はおしなべて高い……と言っているわけではありません。眼鏡店にはそれに関しては
AクラスからEクラスまであります。眼科はCクラス程度のところが多いです。Bクラス以上の眼科があったとす
れば、そのほとんどは眼鏡店から検査員が出向しているところでしょう。

ではなぜ眼科の眼鏡処方能力は一向に向上しないのでしょうか。その理由を列挙して説明します。
 
                       ○
1.屈折検査や眼鏡処方に対する軽視感
  眼の病気に関する関心は深いけれども、屈折異常に対して、特に眼鏡矯正に関しては一般の眼科医は関心を持
  ちません。眼鏡処方に関しては、検査員や出入りの眼鏡屋に任せて自分は実質的には眼鏡処方箋の名目上
  の発行人にすぎないというケースが多いものです。また、医療保険の点数に関しては、屈折検査で点数を取る
  と、眼鏡処方では点数が取れないといったことも、眼鏡処方に本腰を入れる気になれない理由の一つかもしれ
  ません。そして眼鏡処方が上手になっても、それが評判になって患者さんが増えるといった期待はしにくいの
  が実状です。

2.眼科での屈折検査の目的
  眼科では「1.0の矯正視力は出るのか」という目的で屈折検査をするので、屈折度数を緻密に測ろうという
  発想はほとんどありません。普段のその癖が眼鏡処方の場合にも残りがちで、処方度数も、粗いものになりが
  ちです。

3.矯正視力の出にくい眼も多い 
  眼科では眼疾患のでいで視力が出にくい眼も多く、勢い屈折検査も大ざっぱになりがちです。

4.眼鏡処方の数が少ない
  眼科では屈折検査は頻繁に行われますが、その割には眼鏡処方は多いとは言えません。
  そのときだけ気持ちを切り替えて緻密なことをできる人は少ないものです。

5.処方の結果に対する苦情が少ない
  眼科で処方され、その通りに調製されたメガネで具合が悪くとも医療機関(眼科へ苦情をいいには
  行きにくいもので、そのせいで眼科の処方者は「苦情に学ぶ技術の向上」をなす機会が少なくなります。

6.眼鏡処方に関する教育や訓練を受ける機会が少ない
  眼科で眼鏡処方をい行っている人は、眼鏡店からの出向者でなければ、
  光学や屈折検査や眼鏡処方に関する原理的及び実際的な教育を受けていないケースがほとんどです。
  眼科関係者にそういう教育を体系的に施す機関も制度もありません。



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